開発ブログ

第 3 回

大逆転裁判の英語吹き替えの奇蹟

ローカライズディレクター ジャネット・スー

みなさん、こんにちは!「大逆転裁判1&2 ―成歩堂龍ノ介の冒險と覺悟―」のローカライズディレクターのジャネット・スーです。前回のローカライズ話の続きで今度は英語ボイスの吹き替えについて振りかえってみようと思います。

プロジェクトを立ち上げた頃から、吹き替えについていろいろな思いがありました。イギリスの収録スタジオを使いたかったリ、声優さんはキャラクター設定の背景に合わせてイギリス人と、日本のルーツを持つ方を起用したかったり。この2つに関しては、前回の「本格的」というコンセプトにつながっています。

実は、これまでのゲーム業界では英語ボイスの吹き替えでイギリスの収録スタジオを起用することはわりと珍しいことでした。大体のボイス収録は、ロサンゼルスでアメリカ英語を喋る声優さんにお願いすることとなります。だけど、このタイトルにとってイギリスという舞台は、物語の中心にすえられているので、ゲーム内テキストの書き方に合わせるためにも、イギリスならではの様々な喋り方やアクセントをボイスにも幅広く反映させたかったんです。もちろん声優さんなら演技でイギリスのアクセントで喋れる人は世の中にたくさんいると思いますが、本格的なイギリス英語を母国語として喋る人なら分かる微妙なニュアンスの部分も大事にしたかったので、イギリスの収録スタジオを選びました。

だけど、今作のボイス収録のちょっと前ぐらいからコロナ禍が始まってしまって、そもそも収録ができるの?とチームのみんなで考えました。不安な中、ある日、サウンド担当をはじめ、チームのコアメンバーとのミーティングでボイス収録をどうするかについて話し合いました。イギリスもそしてアメリカも日本より大変だったあの頃、英語の収録ができない最悪の場合、日本語ボイスの「ホームズ」を「ショームズ」に収録しなおして、日本語のボイスだけで行かざるを得ないという話まで出ました。ロックダウンがずっと続くという仮説のもとで、ホームスタジオを個人で持っていて遠隔収録も可能な声優さんは一体どれぐらいいるのかや、スタジオ側のコロナ対策等の情報が少なくてすごく困りました。あの頃は業界初の状況が多すぎでしたね。最終的にはSIDE UK社(収録スタジオ)の方の努力とご協力があって、厳しい状況の中でもクオリティーの高い収録ができました。大変感謝しています。

スタジオを選んだあとに、まずは声優のキャスティングを行いました。キャスティング面で何か要望がありますか?と聞かれて、日本人のキャラクターは日本のルーツを持っている声優さんにぜひともお願いしたいという希望があったんだけど、スタジオで収録を行えない場合を想定し、起用できる声優さんがかなり制限された中では、現実的な判断を取るしかなく、「主人公の龍ノ介と寿沙都の二人は“マスト”、他のキャラクターたちは“任意”」とオーダーしました。

しかし、なぜこの二人は“マスト”にしたかったか、気になりますよね?実は、本格的なイギリス英語を求めたのと同じ意図で、「本格的な日本人の表現」を求めたからです。妙に変なステレオタイプのアクセントをつけることや、そもそも失礼という考えからアクセントを真似したくないというような声優さんに無理やり演技してもらうことをしたくなくて、日系人なら龍ノ介と寿沙都の背景に共感できるという土台の上で演技することで、より自然にリアルな味を引き出せるのではと思いました。例えば、龍ノ介と亜双義は大学で英語を勉強しているから、2人はネイティブに近い発音になっているだろうと思いました。そして、寿沙都の英語勉強はほぼ独学で、論文や本(「シャーロック・ホームズの冒険」ももちろん!)から学んだだけだから、彼女の発音は龍ノ介たちのレベルまで磨かれてはいないのではないか?と想像しました。こういうニュアンスは声優さんの方からも提案してもらえたので、そういう演技をしていただきました。

「アクセントがバラバラになってるけど?」とか、「日本人なのになぜ完璧なイギリス英語で喋れるんだ?」と感じる人もいると思いますが、正直に言うと、私はこの多様性をわりと気に入ってます。なぜなら、現実世界でもみんなそれぞれのスキルを持っていて、外国語をうまく喋れる人もそうでもない人もいっぱいいます。なので、こういう表現もありだと思います。

‥‥で、話を戻すと、キャスティングの際、スタジオから各キャラクターに4~5人の“デモリール”と呼ばれている声優さんのサンプル集をいただきます。どのデモが誰なのかは分からない、“ブラインドキャスティング”(正体がわからないキャスティング)で行われました。チーム内で一通り全部のデモリールを聞いて、「この人はナルホドっぽいなぁ」「かわいくてアイリスらしいね」などと考えながら、アンケートを記入しました。その後、みんなで一緒に話し合いながら、このように各キャラクターのトップ2を選びました。

そして、収録の日が来ました。ちょうどロックダウンが解除されたわずかな隙間にスタジオで収録ができたことは本当に奇跡だったと思います。ただ、本来ならできた理想的な行動はとれなくて、私とサウンド担当はイギリスでの現場立ち合いを行うことはできませんでした。音声のニュアンスやクオリティーまで、時にはっきり聞こえなかったりしたけど、スタジオ側の協力のおかげもあってテレビ会議の形式で立会うことができました。日本とイギリスの時差のせいで、収録は毎日日本時間の17時からスタートして、ある時には深夜2時まで続きました。ロサンゼルスのスタジオじゃなかったため、ある意味早めに?帰れましたよ(笑)。

収録の際、私と2人のサウンド担当がカプコン社内のサウンドミックススタジオに座っていたので、カメラの向こうからは黒いマスクが顔に貼りついた忍者3人組にでも見えたりしたかもしれませんね。かわいそうに、もう一人のサウンドマネージャーだけはソーシャルディスタンス対策で、定時後の誰もいない同じ開発ビルの別フロアからテレビ会議に参加してもらいました‥‥。(本当にごめんね!><; )

アニメのボイス波形です。

上のトラックは新しく収録した英語、下のトラックは元の日本語のものです。

収録する際に、限られた時間をより大切に使うため、事前にいろいろ工夫しました。まずは英訳された台本です。決まった尺に収まるようにセリフを丁寧に英訳しておいたおかげで、当日の即興リライトはほぼ必要ありませんでした。そして、開発チームはキャラクター設定の背景資料をたくさん用意していたため、声優さんも事前にキャラクターのイメージをとらえた上でスムーズに収録に入れました。最後に、ボイス監督の鋭い指導で、シビアな尺などの条件を踏まえつつも、声優さんたちには演技力たっぷりの読み上げをいただきました。いや~、上の図のとってもきれいな波形を見ると、涙が出てしまいます。さすがプロですね。

この動画は音声が流れます。ご注意ください。

製品までの道が‥‥

ボイス収録が終わっても、まだすべての作業は終わりません。上記の動画の通り、シチュエーションごとに、様々な実装作業と調整が待っています。音声を現地で生で聞けなかったから、まずは納品されたものを丁寧に確認しました。OKテイクをすべて選んで、一通りそろってから、サウンド担当の方でボイスデータの一個一個の音量調整やリバーブ、効果音を加えて、ゲームの素材として実装していきます。最後に、字幕の文字表示タイミングも調整しました。考えてみたら、一つの言語の吹き替えが作品になるまで、たくさんの人の行動と協力が必要ですよね。スタジオの方や声優さんから、開発チームの仲間に至るまで、今作のために頑張ったみんなに改めて‥‥

「ありがとうございます!」そして、「お疲れ様でした!!!」

最後になりましたが、大逆転裁判のローカライズのことをお話しできてうれしいです。この開発ブログにはもう一度登場する予定でいますが、次回はメインコンポーザーの北川さんが大逆転裁判シリーズの音楽について語ってくれるハズです。ぜひお楽しみにしてください!

では、またね~!